無音の盛夏

遠くから花火の音だけが届く。 歓声は遥か彼方、届かない。 それでも十分だ。静かに終わりを迎える、いつもの夏。

ベランダに佇む。湿気を帯びた夜風が、額に張り付く髪をそっと撫でていく。空の向こう、見えない場所で、色とりどりの火花が夜空を彩っているのだろう。ドォン、と遅れて響く音は、まるで地の底から湧き上がる鼓動のようだ。それに続くヒュルルル、という上昇音と、パァンと弾ける破裂音。そして、微かな残響が、この狭い空間に吸い込まれていく。

過去には、あの歓声の中にいたこともあった。肩が触れ合うほどの群衆の中、顔を上げれば、無数の光が降り注ぎ、見知らぬ人々の興奮した声が波のように押し寄せてきた。誰かの笑い声、子供のはしゃぐ声、そして、確かに隣にいた誰かの吐息。それらが渾然一体となり、あの花火の光を、何倍も眩いものにしていた。あの熱狂は、今思えば、遠い夢のようにはかなく、そして、もう二度と触れることのできない残像だ。今は、音だけが、その存在を教えてくれる。遥か彼方から、風に乗って運ばれてくる、その僅かな響き。届かない、その距離が、かえって心を落ち着かせる。

それでも十分だと、心の奥底で呟く。 この静寂は、もはや慣れ親しんだものだ。賑わいの中に身を置くよりも、こうして一人、夏の終わりの訪れを感じることの方が、今の自分には心地よい。窓から漏れる部屋の明かりが、足元のコンクリートに淡い影を落とす。手に持ったグラスの中の氷が、カラン、と寂しげな音を立てて溶けていく。その音は、過ぎゆく時間の歩みを、静かに刻んでいるかのようだ。

花火の音は、時折、記憶の扉を叩く。あの日、あの場所で、誰といたのか。どんな言葉を交わしたのか。鮮やかな色彩の残像と共に、脳裏に蘇るのは、いつも少しだけ切ない思い出ばかりだ。それでも、その記憶を無理に呼び戻す必要はない。ただ、聞こえてくる音に身を委ね、心の中でそっと追体験するだけでいい。それは、まるで古びた書物を紐解くような、穏やかな行為だ。

夜空の向こうで、また一つ大きな音が響いた。夏の終焉を告げる、最後の花火だろうか。静かに終わりを迎える、いつもの夏。それは、特別ではないけれど、確実に訪れる季節の巡り。そして、この静けさの中にこそ、新しい季節の息吹が、ひっそりと芽生えていることを知っている。

無音の盛夏

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無音の盛夏

遠くから花火の音だけが届く。 歓声は遥か彼方、届かない。 それでも十分だ。静かに終わりを迎える、いつもの夏。

ベランダに佇む。湿気を帯びた夜風が、額に張り付く髪をそっと撫でていく。空の向こう、見えない場所で、色とりどりの火花が夜空を彩っているのだろう。ドォン、と遅れて響く音は、まるで地の底から湧き上がる鼓動のようだ。それに続くヒュルルル、という上昇音と、パァンと弾ける破裂音。そして、微かな残響が、この狭い空間に吸い込まれていく。

過去には、あの歓声の中にいたこともあった。肩が触れ合うほどの群衆の中、顔を上げれば、無数の光が降り注ぎ、見知らぬ人々の興奮した声が波のように押し寄せてきた。誰かの笑い声、子供のはしゃぐ声、そして、確かに隣にいた誰かの吐息。それらが渾然一体となり、あの花火の光を、何倍も眩いものにしていた。あの熱狂は、今思えば、遠い夢のようにはかなく、そして、もう二度と触れることのできない残像だ。今は、音だけが、その存在を教えてくれる。遥か彼方から、風に乗って運ばれてくる、その僅かな響き。届かない、その距離が、かえって心を落ち着かせる。

それでも十分だと、心の奥底で呟く。 この静寂は、もはや慣れ親しんだものだ。賑わいの中に身を置くよりも、こうして一人、夏の終わりの訪れを感じることの方が、今の自分には心地よい。窓から漏れる部屋の明かりが、足元のコンクリートに淡い影を落とす。手に持ったグラスの中の氷が、カラン、と寂しげな音を立てて溶けていく。その音は、過ぎゆく時間の歩みを、静かに刻んでいるかのようだ。

花火の音は、時折、記憶の扉を叩く。あの日、あの場所で、誰といたのか。どんな言葉を交わしたのか。鮮やかな色彩の残像と共に、脳裏に蘇るのは、いつも少しだけ切ない思い出ばかりだ。それでも、その記憶を無理に呼び戻す必要はない。ただ、聞こえてくる音に身を委ね、心の中でそっと追体験するだけでいい。それは、まるで古びた書物を紐解くような、穏やかな行為だ。

夜空の向こうで、また一つ大きな音が響いた。夏の終焉を告げる、最後の花火だろうか。静かに終わりを迎える、いつもの夏。それは、特別ではないけれど、確実に訪れる季節の巡り。そして、この静けさの中にこそ、新しい季節の息吹が、ひっそりと芽生えていることを知っている。

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