蝉の独り言
蝉の声が、言葉にならない感情の代わりに空に響き渡る。 風鈴の音に、書きかけの詩が揺れては消えた。 今年もまた、独り静かな夜を数えている。
宵闇に溶けゆく空の色は、まだ微かに藍を帯び、昼間の喧騒の残滓がアスファルトの熱気と共に立ち上る。庭先の木々からは、最後の力を振り絞るかのような蝉の大合唱が、休むことなく降り注ぐ。それは、誰にも届かぬ魂の叫びのようであり、あるいは過ぎゆく夏への惜別の歌のようでもあった。その声に耳を傾けるたび、胸の奥底に秘めた、名状しがたい感情の塊が、ゆっくりと膨らんでいくのを感じる。しかし、それを言葉にすることは許されないかのように、声は喉の奥に澱み、形を結ぶことはない。
開け放たれた窓から吹き込む微かな風が、軒先に吊るされた風鈴を揺らす。チリン、と涼やかな音色が、夜の静寂を切り裂き、そしてまた、静かに融けていく。机の上に散らばる原稿用紙には、未完成の詩が散乱していた。夏の日の情景、心に去来する想いを綴ろうとした言葉たちは、風鈴の音に誘われるように、揺れては刹那に消え失せていく。まるで、掴もうとすればするほど、指の間から零れ落ちていく砂のように。完璧な言葉を探す旅は、いつしか終わりの見えない彷徨となった。
数多の夜を重ねるたびに、夏の盛りが遠ざかることを知る。今年もまた、この部屋で、独り静かに夜を数えている。窓の外に広がる闇は、過去と未来を分け隔てる境界線のようで、その向こうには、きっと誰もいない。誰も知らない世界が広がっている。誰かを待つわけでもなく、誰かに語りかけるでもない。ただ、過ぎ去る時間を肌で感じ、心の中で反芻する。それは、決して孤独を嘆く声ではない。むしろ、この静寂の中にこそ、本当の自分を見出すことができるのかもしれない。
熱を帯びた夜空には、数えきれないほどの星が瞬いている。だが、その光は遠く、冷たい。手を伸ばしても、決して届くことはない。まるで、あの日の記憶のように。確かに存在した温もりや、共に過ごした時間の輝きは、今や遠い星屑となって、手の届かぬ高みで瞬いている。それでも、その光を求めることをやめることはできない。この身を焦がすような熱気と、終わりゆく蝉の歌声が、来年もまた、この独りの夜を紡ぎ出すだろう。
蝉の独り言

蝉の独り言
蝉の声が、言葉にならない感情の代わりに空に響き渡る。 風鈴の音に、書きかけの詩が揺れては消えた。 今年もまた、独り静かな夜を数えている。
宵闇に溶けゆく空の色は、まだ微かに藍を帯び、昼間の喧騒の残滓がアスファルトの熱気と共に立ち上る。庭先の木々からは、最後の力を振り絞るかのような蝉の大合唱が、休むことなく降り注ぐ。それは、誰にも届かぬ魂の叫びのようであり、あるいは過ぎゆく夏への惜別の歌のようでもあった。その声に耳を傾けるたび、胸の奥底に秘めた、名状しがたい感情の塊が、ゆっくりと膨らんでいくのを感じる。しかし、それを言葉にすることは許されないかのように、声は喉の奥に澱み、形を結ぶことはない。
開け放たれた窓から吹き込む微かな風が、軒先に吊るされた風鈴を揺らす。チリン、と涼やかな音色が、夜の静寂を切り裂き、そしてまた、静かに融けていく。机の上に散らばる原稿用紙には、未完成の詩が散乱していた。夏の日の情景、心に去来する想いを綴ろうとした言葉たちは、風鈴の音に誘われるように、揺れては刹那に消え失せていく。まるで、掴もうとすればするほど、指の間から零れ落ちていく砂のように。完璧な言葉を探す旅は、いつしか終わりの見えない彷徨となった。
数多の夜を重ねるたびに、夏の盛りが遠ざかることを知る。今年もまた、この部屋で、独り静かに夜を数えている。窓の外に広がる闇は、過去と未来を分け隔てる境界線のようで、その向こうには、きっと誰もいない。誰も知らない世界が広がっている。誰かを待つわけでもなく、誰かに語りかけるでもない。ただ、過ぎ去る時間を肌で感じ、心の中で反芻する。それは、決して孤独を嘆く声ではない。むしろ、この静寂の中にこそ、本当の自分を見出すことができるのかもしれない。
熱を帯びた夜空には、数えきれないほどの星が瞬いている。だが、その光は遠く、冷たい。手を伸ばしても、決して届くことはない。まるで、あの日の記憶のように。確かに存在した温もりや、共に過ごした時間の輝きは、今や遠い星屑となって、手の届かぬ高みで瞬いている。それでも、その光を求めることをやめることはできない。この身を焦がすような熱気と、終わりゆく蝉の歌声が、来年もまた、この独りの夜を紡ぎ出すだろう。

